タグ:  金武町流弾事故

ウソつきは県警か米軍か!真相解明、県や在沖米総領事に要請

2009-06-13 07:03

 ◼糸満不発弾事故の責任は糸満市にある◼

 慰霊の日(23日)前後の、まるで発狂したような地元二紙の狂騒報道の余韻が残っている今日この頃だが、過激な沖縄戦報道のどさくさに紛れに、今年起きた「糸満不発弾事故」までも、日本の責任だとして報道していたのには呆れかえった。
 事情を知らない読者は、この事故の真相を新聞報道からは知ることはできない。
 事故の真相は、糸満市の公共工事で当然事前に実施すべき磁気探査の費用を糸満市がケチって、起こらんでも済む事故を引き起こしたということ。
 無論、事故の責任は糸満市にあるが、これについては報道は一言も触れていない。
 沖縄マスコミはグルになって糸満市の責任を隠蔽し、ひたすら国の責任のみを報道し、結果として予想の三倍に見舞金を脅し取った。 事故になった方には気の毒だが、糸満市の脅しは「焼け太り」といわれて仕方が無い。

 ◼金武町米流弾被災事故はどうなったか◼

 まぁ「不発弾事故」はこの際勘弁しておこう。
 だが、マスコミが慰霊の日で騒ぐなら絶好の重大事故があったはずだ。
 だが、これについて触れた記事が一つもなかったのは不可解である。
 その未解決の「金武米流弾事件」が久し振りに新聞に登場した。
 流弾被災事故のことだ↓

琉球新報

2009年06月25日 琉球新報 ⇒金武町議会「レンジなど撤去を」 県や在沖米総領事に要請 2009年6月25日

 金武町議会の仲里全孝議長らは24日、県議会と県庁、在沖米総領事館を訪ね、同町伊芸区被弾事件を受けて、米軍キャンプ・ハンセン内の射撃場など伊芸区の基地全面撤去と日米地位協定の全面見直しを求めた。上原良幸県知事公室長は「どこから飛んでくるか分からないのでは住民の不安は広がる。米軍としても究明が必要だと認識してもらわなければならない」と述べた。
 仲里議長は、県への要請で発生日時の日米間の相違について警察庁が米軍から理解は得ていると国会答弁したことを挙げ「事実は出ている。県も行動に踏み切るべきだ。(発生日時は)国と国とで解決済みだ」と県の対応を強く求めた。
 又吉進県基地対策課長は「実際に米軍が10日の発生と認めたのか、まだはっきりしないところがある。政府に確認したい」と説明した。
 同町議会事務局によると、総領事館のメア在沖米総領事は、被弾事件については県警の捜査結果を待ちたいと説明。レンジ撤去要請について、日米安保目的達成のため基地は必要だとの認識を繰り返した。

 » 発生日時の日米間の相違について警察庁が米軍から理解は得ていると国会答弁したことを挙げ「事実は出ている。県も行動に踏み切るべきだ。(発生日時は)国と国とで解決済みだ」と県の対応を強く求めた

 県の対応もなにも、この手の米軍関連の事件、事故にかんしては、地元紙が県を扇動して大騒ぎするのが常道で、本件も当初は二紙で号外を出すなどのキャンペーンを張っていたではないか。
 金武町議会は、県の対応よりむしろ新聞の沈黙に疑問は持たないのであろうか。

 » 「実際に米軍が10日の発生と認めたのか、まだはっきりしないところがある。政府に確認したい」。

 » 総領事館のメア在沖米総領事は、被弾事件については県警の捜査結果を待ちたいと説明。

 事件は金武町の住宅地域で起きたのであり、国会で起きたわけではない、当然捜査をした沖縄県警に問い合わせるのが筋では無いか。
 その点、メア在沖総領事の発言は的を射ており、県警の公式発表を求めるべきであろう。 すこし遅すぎるとは思うが・・・。
 メア総領事のこれまでの発言から判断すると、県警のズサンな捜査を米軍側の調査が覆した、といったニュアンスが感じ取れる。
 いずれにせよはっきりして欲しいのは「事故の発生日は12月10日か11日か」
 そして嘘つきは県警かそれとも米軍か。
 沖縄タイムスと琉球新報は自分がつけた火は自分で消火する義務があるはずだ。
 「金武流弾被災」事件については、繰り返し新聞の沈黙を批判してきた。
 琉球新報の記事だけでもこの通り騒いでいたのに、突然の沈黙はおかしい。

 ⇒ 金武被弾事件一覧、 琉球新報記事
 この事件に関する過去エントリーを一部編集して再掲する。

疑惑の銃弾はどうなったか マスコミには説明責任がある!

 たった一人の目撃証言が米軍と沖縄県警の調査能力を決める大変な事態になってしまった。
 嘘つきは県警かそれとも米軍か。
 事件が起きた当時は連日社説やコラム動員して米軍糾弾のキャンペーを張っていたはずだが、4月に入ってからは沈黙を守ったままであった。
 あれほどくり返し「事件をウヤムヤにするな」と叫んでいた勢いはどこへ消えたのか。

 事件の決め手はアリバイだった。

沖縄タイムス

2009年04月11日 沖縄タイムス ⇒「11日発生」と関与否定 伊芸区流弾事件/最終報告書 米軍「訓練なかった」【04月11日】 ※リンク切れ

 金武町伊芸区の流弾事件の発生日の特定が県警と海兵隊で異なっている件で、米海兵隊がまとめた最終報告書の詳細が10日、分かった。県警調査による事件発生日時の食い違いが新たに浮き彫りになったほか、米軍が銃弾について独自に調査した内容が明らかになった。
 1日、県警が米軍から受け取った最終報告書は書簡形式のA4判3枚、日本語訳3枚も添付されている。
 それによると米軍は、石川署が昨年12月19日に作成したとされる報告書を基に、発生日時を「昨年12月11日午後4時ごろ」と記述。キャンプ・ハンセンでの訓練を同11日から13日まで実施していなかったことから、「訓練場から発砲された証拠が見つからなかった」と結論づけた。
目撃者については「被害者の女性以外にはいない」などと記述。ナンバープレートに銃弾が突き刺さっていた乗用車は(昨年12月)11日午前零時から13日午前7時30分まで駐車されており、被害者が大きな音を確認したのは11日午後4時ごろとしている。
 さらに報告書は、県警が銃弾の鑑定結果として断定した50口径弾は、米軍キャンプ・ハンセンのレンジ7とキャンプ・シュワブのレンジ10で使用。弾芯には通常、銅などの被帽(ジャケット)がついているが現場では確認されず、さらに弾には若干のゆがみはあるが変形していない―などと記載されていた。
県警は被害者の情報などから捜査の初期段階で発生日時を(昨年12月)10日午後3時ごろと特定。事件発覚後、米軍に発生日を随時伝えていたという。

 県警は住民の話などから事件発生日時を12月10日午後3時ごろと特定し、米軍側にも発生日時を伝えていた。
 だが、米軍側は独自の調査により事件発生日時は12月11日と特定していた。
 県警と米軍の主張するアリバイの誤差が数分間、いやせめて数時間でもあれば、推理小説の題材にもなろう。
 だが、誤差がまる一日では、どちらかの捜査がずさんだったということであり、単純すぎて小説の題材にもならない。
 事件発生日は、両者の主張によるとこうなる。

 ◆ 県警 ⇒ 12月10日 午後3時ごろ
 ◆ 米軍 ⇒ 12月11日 午後4時ごろ

 米軍は県警の報告を基にしながらも、独自の調査で問題の乗用車が事件現場の車庫に駐車していた時間を、次のように特定している。
 駐車時間 ⇒ 11日午前零時から13日午前7時30分まで
 事件発生(被害者が大きな音を確認) ⇒ 11日午後4時ごろ
 米軍がこのように具体的にアリバイ調査の結果を発表しているのに対し、県警も含めてこれに客観的に反論している事実はない。
 県警によると、被害者らの情報などから捜査の初期段階で発生日時を10日と特定しているが、たった一人の目撃証言を鵜呑みにして初期の裏付け捜査を怠ったのではないのか。
 事件発覚後、米軍に発生日時を随時伝えていたというが、これに対して米軍は証言を鵜呑みにしないで裏付け調査をして、最終調査報告で「事件発生は訓練終了以降の11日」との結論に到ったのではないか。
米軍が目撃者は一人しかいないと事実上の名指しをされている玉城さんは、事実上「嘘つき」と言われたことに憤りを示しているし、儀武剛金武町長も「納得できるまで説明を求めていく」といっている。
 にもかかわらず、その後沈黙を護っているのは結局納得したと言うことなのか。

 2009年04月10日 沖縄タイムス ⇒ 発生日に食い違い 流弾事件/再三通報 県警10日→米軍11日【04月10日】 ※リンク切れ

 ⇒ ウソつきは誰だ!疑惑の銃弾 メア総領事とコーヒー
 ⇒ 「米軍vs県警」疑惑の銃弾大戦争勃発!発生日に食い違い

 複雑そうに見えて問題は簡単だ。
 目撃者の証言が正しいか、それともウソだったかと言うことにもなる。
 米軍発表と県警発表といずれが正しいとしても、アレだけ大騒ぎした地元二紙がこのまま沈黙を守ることは読者に対する大きな裏切りだ。

◆関連エントリー