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グアムのいいがかり姉さん集団

2009-09-22 07:00

 女が三人集まると姦しいというくらいだ。
 グアムに60人もの女性が集まったら、その姦しさは通常の20倍にもなるのだろう。
 姦しいだけならまだしも、ナンパや単なる夜間禁止令違反の米兵を、身から出た錆びとはいえ、強姦魔に仕立て上げる理不尽ないいがかりについて昨日書いた。
 いいがかり婆さん、もとい、いいがかり姉さん たちは返す刀で、思いつく不都合は全て基地のせいだと斬りつけてくる。
 沖縄語が廃(すた)れてきたのも基地のせいだというのだ。
 なるほど「いいがかりマニュアル」という本が出るのも納得だ。

沖縄タイムス

2009年09月21日 沖縄タイムス ⇒基地負担の悩み各国共通と実感/県内参加者が帰沖/国際女性会議inグアム【社会】 ※リンク切れ

 グアムで開かれた「第7回軍事主義を許さない国際女性ネットワーク会議」に沖縄から参加した「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」のメンバーら8人は20日、6日間の日程を終えて帰沖した。
 会議では、反基地運動や基地の影響を受けた環境問題などに取り組む世界12地域の女性団体約60人と、各地が抱える問題を報告し、解決策を話し合った。
 同会の会員で初参加の仲村宮子さん(52)は「植民地支配下の人々も、基地の負担から同じような苦しみや悲しみを持っていることを会って初めて実感した。学んだことを今後の活動に生かしたい」と述べた。
琉球大学の大学院でしまくとぅばを研究している親川志奈子さん(28)は「基地を造ることで軍事に頼らざるを得ない状況や、言葉や文化、健康など当然手に入るものを手放さないといけない状況がつくり出されている。そういう地域では言葉の継承も、反基地運動も根源は同じだと思った」と感想を語った。

 当日記とは考え方の違う方々が世界各地から集まって、基地の弊害を語り合うのはカラスの勝手でご自由だが、
 ウソのニュースを基にどんな高邁な議論を戦わしても、議論自体がいかがわしくなると書いた。
 何でも悪いのは米軍基地のせいだ、と言い出したらきりが無い。
 琉球大学の大学院で「しまくとぅば」(沖縄語)を研究している親川志奈子女史は、言葉や文化を失うのも米軍基地のせいだと仰る。
 この伝でいくと沖縄の学力が悪いのも基地のせい。
 離婚率が高いのも基地のせい。
 酒気運転が多いのも基地のせい。
 メタボ腹のオヤジが多いのも基地のせい。
 沖縄が暑いのも基地のせい、ということになりかねない。
 遥々グアムまで行って、そんなに基地の弊害を、有ること無いこと、言いふらす暇があるなら、基地公害の極地ともいえる「米軍流弾事件」を話題にしなければ片手落ちでは無いのだろうか。
 あんなに騒ぎ立てていたのに、米軍が「犯人は米軍ではない」、と公式に発表して以来沖縄の二紙がピタッと沈黙していることを不思議とは思わないのだろうか。
 一時は琉球新報だけでもこの騒ぎだったのに。

 ⇒ 金武被弾事件一覧、 琉球新報記事

 「忘却とは忘れ去ることなり。 忘れ得ずして 忘却を誓う心の悲しさよ」(「君の名は」より)。
 忘れ得ずして流弾事件の忘却を誓う沖縄タイムスと琉球新報のために、金武町伊芸区の住宅地で起きた「米軍流弾被弾事件」について再掲する。

 ⇒ 疑惑の銃弾はどうなったか マスコミには説明責任がある!

 たった一人の目撃証言が米軍と沖縄県警の調査能力を決める大変な事態になってしまった。

 嘘つきは県警かそれとも米軍か。
 事件が起きた当時は連日社説やコラム動員して米軍糾弾のキャンペーを張っていたはずだが、4月に入ってからは沈黙を守ったままであった。
 あれほどくり返し「事件をウヤムヤにするな」と叫んでいた勢いはどこへ消えたのか。

 事件の決め手はアリバイだった。

沖縄タイムス

2009年04月11日 沖縄タイムス ⇒「11日発生」と関与否定 伊芸区流弾事件/最終報告書 米軍「訓練なかった」【04月11日】 ※リンク切れ

 金武町伊芸区の流弾事件の発生日の特定が県警と海兵隊で異なっている件で、米海兵隊がまとめた最終報告書の詳細が10日、分かった。県警調査による事件発生日時の食い違いが新たに浮き彫りになったほか、米軍が銃弾について独自に調査した内容が明らかになった。
  1日、県警が米軍から受け取った最終報告書は書簡形式のA4判3枚、日本語訳3枚も添付されている。
  それによると米軍は、石川署が昨年12月19日に作成したとされる報告書を基に、発生日時を「昨年12月11日午後4時ごろ」と記述。キャンプ・ハンセンでの訓練を同11日から13日まで実施していなかったことから、「訓練場から発砲された証拠が見つからなかった」と結論づけた。
目撃者については「被害者の女性以外にはいない」などと記述。ナンバープレートに銃弾が突き刺さっていた乗用車は(昨年12月)11日午前零時から13日午前7時30分まで駐車されており、被害者が大きな音を確認したのは11日午後4時ごろとしている。
 さらに報告書は、県警が銃弾の鑑定結果として断定した50口径弾は、米軍キャンプ・ハンセンのレンジ7とキャンプ・シュワブのレンジ10で使用。弾芯には通常、銅などの被帽(ジャケット)がついているが現場では確認されず、さらに弾には若干のゆがみはあるが変形していない-などと記載されていた。
県警は被害者の情報などから捜査の初期段階で発生日時を(昨年12月)10日午後3時ごろと特定。事件発覚後、米軍に発生日を随時伝えていたという。

 事件発生日が、県警発表と米軍側の調査と1日の差があることが決め手となった。
 県警は住民の話などから事件発生日時を12月10日午後3時ごろと特定し、米軍側にも発生日時を伝えていた。
 だが、米軍側は独自の調査により事件発生日時は12月11日と特定していた。
 県警と米軍の主張するアリバイの誤差が数分間、いやせめて数時間でもあれば、推理小説の題材にもなろう。
 だが、誤差がまる一日では、どちらかの捜査がずさんだったということであり、単純すぎて小説の題材にもならない。
 事件発生日は、両者の主張によるとこうなる。

 ◼県警 ⇒ 12月10日 午後3時ごろ
 ◼米軍 ⇒ 12月11日 午後4時ごろ

 米軍は県警の報告を基にしながらも、独自の調査で問題の乗用車が事件現場の車庫に駐車していた時間を、次のように特定している。
駐車時間⇒11日午前零時から13日午前7時30分まで
事件発生(被害者が大きな音を確認)⇒11日午後4時ごろ
 米軍がこのように具体的にアリバイ調査の結果を発表しているのに対し、県警も含めてこれに客観的に反論している事実はない。
 県警によると、被害者らの情報などから捜査の初期段階で発生日時を10日と特定しているが、たった一人の目撃証言を鵜呑みにして初期の裏付け捜査を怠ったのではないのか。
 事件発覚後、米軍に発生日時を随時伝えていたというが、これに対して米軍は証言を鵜呑みにしないで裏付け調査をして、最終調査報告で「事件発生は訓練終了以降の11日」との結論に到ったのではないか。
 米軍が目撃者は一人しかいないと事実上の名指しをされている玉城さんは、事実上「嘘つき」と言われたことに憤りを示しているし、儀武剛金武町長も「納得できるまで説明を求めていく」といっている。
 にもかかわらず、その後沈黙を護っているのは結局納得したと言うことなのか。

2009年04月10日 沖縄タイムス ⇒ 発生日に食い違い 流弾事件/再三通報 県警10日→米軍11日【04月10日】 ※リンク切れ

ウソつきは誰だ!疑惑の銃弾 メア総領事とコーヒー
「米軍vs県警」疑惑の銃弾大戦争勃発!発生日に食い違い

 複雑そうに見えて問題は簡単だ。
 目撃者の証言が正しいか、それともウソだったかと言うことにもなる。
 米軍発表と県警発表といずれが正しいとしても、アレだけ大騒ぎした地元二紙がこのまま沈黙を守ることは読者に対する大きな裏切りだ。

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